
配達人は街の“物語収集家”だ。地図の赤やオレンジは、たしかに効率の色だけれど、そこで起きる出来事はどれも一回性で、二度と同じ形では現れない。——きょうはその中でも、誰もが一度は出会う三つの物語を、まずは“短編”で追いかけて、最後に実務へ落とし込む。住所違い/オートロック・ゲート/店遅延。物語の中で迷ったら、ページ末の台本と分岐フローに戻ればいい。
小雨が上がったばかりの夕方。ピンは路地の突き当たりを示していた。玄関前に立つと、表札はアプリの名字と違う。チャイムを押す指が一瞬止まる。扉の向こうで小さな足音がして、幼い声が「はーい」と弾む。
扉が開く寸前、スマホにメモを打つ。“住所の表札がアプリ名と相違。誤配リスクあり”。開いた扉から、おばあさまが顔を出す。
「すみません、○○様のご注文でお間違いないでしょうか。表札が△△様ですので、置き配前に確認させてください。」
おばあさまは少し考えて、首を傾げた。「うちは△△だけど、さっき孫がスマホで何か…」
ここで焦らない。道路の向こう、同番地が分岐する“二本の枝”を思い出す。地図の等高線みたいな、住所の癖。配達人は声の調子を一定に保つ。
「同じ番地で棟が分かれているケースがございます。安全のため、アプリの“注文者名”か“電話末尾4桁”をご一緒に確認してもよろしいでしょうか。」
孫がリビングから顔を出す。「あ、違う!向かいのB棟だった!」おばあさまは笑って、深くお辞儀をした。配達人は軽く会釈して、路地の向こうのB棟へ。玄関の足拭きマットには、アプリの名字と同じ苗字のイニシャルが刺繍されている。置き配写真は玄関前のみ、斜め45度で、ドア取っ手と荷物の位置が一目で分かる構図。メッセージは一行だけ。
「ご指定の場所にお届けしました。玄関前のみ撮影しています。」
送信してバッグを閉める頃、空の雲がほどけた。路地の先が少しだけ明るくなる。
夜のオフィス街。ガラス張りのエントランスは、昼の喧噪が嘘のように空っぽだ。オートロックのパネルは冷たく、インターフォンは呼び出しても応答がない。置き配指定。だが、共用部に私物を置くことは、ここの管理規約でNGだ。
配達人はゲートの前で立ち止まり、深呼吸をひとつ。アプリのメモ欄を読み返す。「夜間は管理の巡回が22:00」。時計を見ると、いま21:43。ゲート脇の掲示板には「荷物は宅配ボックスをご利用ください」の掲示。宅配ボックスは住民専用で、配達アプリの配達員は操作できない。
選べる行動は3つ。①注文者へ一行メッセージ→数分待ち、応答がなければ指示通りに再連絡。②管理人室へ丁寧な確認。③安全のため“玄関前のみ撮影”ができる場所へ誘導(建物外の私有地は不可)。最短路は①→②の順だ。
「○○様、ご指定の場所はオートロックのため入館にご協力が必要です。玄関前のみ撮影でお届けしますので、お手すきで解錠または置き場所のご指示(建物外の共用部は不可)をお願いします。」
2分で既読。返信は短く、「すぐ降ります」。エントランスの自動扉が息をするように開いた。エレベーター前で足を止める。カメラは腰から上が写らない角度に構え、共用部が映り込まないようにフレームを切る。玄関に着くと、配達人は荷物をドアに触れない距離で置き、ドアノブ・段差・荷物の位置が一枚に収まる角度で撮る。
ドア越しに「ありがとうございます」と声がした。「共用部は撮らないんですね」「はい。玄関前のみ最小限で撮影しています。」返事は、あぁ安心、という響きだった。
土曜の昼。フードコートの一角、行列の先にキッチンが見える。袋は山。スタッフが二人増えた。これは“良い混雑”の匂いがする。配達人は列の後尾から、さりげなく全体の流れを見る。伝票が進んでいるか、鍋が火を噴いているか、袋の口が縛られているか。
……しかし別のブースは違った。レジ前に伝票が重なり、スタッフは一枚の紙を探して右往左往。厨房は沈黙。鍋もオーブンも止まっている。時計は針を進めるのをやめてしまったかのようだ。
配達人は一呼吸おき、声のトーンを落ち着かせる。
「注文番号AB-204の進捗を伺えますか?あと何分でお渡し見込みでしょうか。」
返ってきたのは「10分以上かも」。その瞬間、胸の内側のスイッチが入る。“10分/15分ルール”。この店は“悪い混雑”だ。すなわち、回復の根拠が薄い。
配達人は微笑みを崩さずに、丁寧に一礼する。
「ありがとうございます。10分以上とのことなので、一度離れます。準備できましたら対応いたします。」
歩き出す足取りは軽い。面の波は今まさに立ち上がっている。すぐ近くのファストフードでは袋が山だった。こちらは“良い混雑”。列はあるが、袋の口は次々に縛られている。配達人は内側に入り、3本目までを短時間に連鎖させた。
夕方、アプリのメモ欄に短く記録を残す。「AB店:鍋停止・伝票迷子。10分以上見込み→離脱」。こうして“次の自分”のための地図が、また一枚、輪郭を得る。
1) 住所違い(誤配防止)
- 表札不一致/部屋番号不明 → 一行メッセ送信。
- 同番地/同敷地で棟が複数 → 棟名/部屋番号/電話末尾4桁で照合。
- 照合不可 → 無理に置かない(共用部NG)。再連絡→キャンセル手順。
「ご指定名と表札が相違のため、確認させてください。棟名/部屋番号または電話末尾4桁をご教示いただけると助かります。」
「同番地で棟分かれの可能性があります。安全のため、玄関前のみで撮影いたします。」
写真は玄関前のみ(共用廊下や他室が映らない)。角度はドアノブ+段差+荷物の位置が入る斜め45度。
2) オートロック/ゲート(置き配・解錠)
「ご指定の場所はオートロックのため入館にご協力が必要です。玄関前のみ撮影でお届けしますので、解錠または置き場所のご指示(建物外の共用部は不可)をお願いします。」
管理へ:「住民様のご注文の配達で参りました。共用部は撮影せず、玄関前のみ撮影の運用です。入館の可否をご教示ください。」
入館後の撮影は玄関前のみ。エレベーター内や共用廊下の撮影は避ける。
3) 店遅延(10分/15分ルールと例外)
- 良い混雑:袋が山/口が縛られる/鍋が動く/人員追加。
- 悪い混雑:鍋停止/伝票迷子/EV・館内導線詰まり。
- 通常10分(PBP15分)で原則切り。
- 例外は「良い混雑」+Score_wait ≥ 1.1×Score_moveのみ。
「注文番号●●の進捗はいかがでしょうか?あと何分でお渡し見込みでしょうか。」
「10分以上とのことですので、一度離れます。準備できましたら対応します。ありがとうございました。」
4) 一行メッセージ(汎用・置き配)
「ご指定の場所にお届けしました。玄関前のみ撮影しています。」
「雨を避けられる位置に置き、共用部は撮影していません。」
5) 置き配写真の構図(再掲)
- 玄関前のみ(共用部・他室を映さない)。
- ドアノブ・段差・荷物が一枚で分かる斜め45度。
- Exifは自動付与のままでもOKだが、個人情報が見えない構図を優先。
6) ログの残し方(次の自分のために)
2025-10-27 18:40 住所違い:A/B棟分岐。B棟に正解。表札不一致→照合→解決 2025-10-27 21:43 ゲート:解錠依頼→2分で降車。玄関前のみ撮影 2025-10-25 12:30 店遅延:AB店 鍋停止・伝票迷子。10分以上見込み→離脱
- 表札不一致で無断置き(誤配・回収対応で二重損失)。
- 共用部を広く撮影(プライバシーの問題)。
- 悪い混雑で長待ち(波を逃し連鎖が切れる)。
- オートロックで“外の共用部”に置く(規約NG)。
- 迷ったら一行メッセージ→照合→安全の順に戻す。
- 店待ちは10/15分原則+良い混雑のみ例外で粘る。
- 写真は玄関前のみ。共用部は映さない。言葉は短く、丁寧に。
物語の空気は、現場の“呼吸”を思い出すための装置。判断は、最後にここへ戻して機械的に。
※ 本稿は一般的な考え方の整理。アプリ仕様・建物規約・法令・店舗オペレーションは常に最新を優先。