ほんとにあった怖い話 もらい事故#03|救急車なしが奇跡だった|左首から肩甲骨・腕が動かない現実

ほんとにあった怖い話 もらい事故

ほんとにあった怖い話 もらい事故#03|救急車なしが奇跡だった|左首から肩甲骨・腕が動かない現実

夜の交差点で停止中の原付の背後に車のライトが迫る、追突の恐怖



事故の直後、私は思った。
救急車を呼ばなかったの、奇跡だったかもしれない。
そのくらい、体の左側が“終わった感覚”があった。
2025年12月17日。青葉郵便局下の交差点。停止中に後ろから追突(ドン)。
そこから、私の身体は現実を突きつけられた。



「大丈夫ですか?」の後に来る、本当の地獄

事故直後、周りの人は言う。
「大丈夫ですか?」
私も、反射で返す。
「大丈夫…だと思います」

でも本当は、その場で“分からない”だけだ。
体のスイッチが異常に入って、アドレナリンで感覚が鈍る。
そして時間差で来る。
痛みとしびれと、動かない現実が。

怖いのはここだ。
「その場で歩けた」から大丈夫じゃない。
「その場で喋れた」から無事じゃない。
後から壊れていく。

左首→肩甲骨→腕:痛みとしびれが“移動する”怖さ

私の症状は、左側に集中した。
左首を起点に、肩甲骨、肩、左前腕へ。
痛みだけじゃない。しびれが混ざる。

この“しびれ”が怖い。
痛いだけなら我慢できる、と思ってしまう瞬間がある。
でも、しびれは違う。
「力が入らない」「感覚がズレる」という形で、生活を壊してくる。

そしてさらに嫌なのが、症状が固定じゃないこと。
日によって場所がズレる。強さがズレる。
「昨日よりマシ」でも、「今日は別の場所が終わる」ことがある。
これが、追突後の怖さだ。

腕が上がらない:生活が詰むポイントはそこにある

一番きつかったのは、腕が上がらないこと。
耳に届かない。
そして、荷重ができない。

配達はもちろん無理になる。
でも配達以前に、生活が詰む。

  • 上着を着るのが痛い
  • 荷物を持つのが怖い
  • ドアを開ける、鍵を回す、その一動作で電気が走る
  • 寝返りで目が覚める
  • 朝起きた瞬間、左側が“固まってる”

こういう話をすると、たまに言われる。
「それでも動けるでしょ?」
その言葉が一番残酷だ。

動けるかどうかじゃない。
“仕事の動作”が成立するかどうかだ。
そして、成立してない。成立してないから、生活が止まった。

痛みの数字だけじゃない:「動作で語れ」が武器になる

事故後に削られるのは、身体だけじゃない。
“説明”で削られる。

ここで一つ、はっきり言っておく。
痛みは主観だ。数字だけで戦うと、相手は逃げる。
だから私たちは、動作で語る。

  • 腕が上がらない(耳に届かない)
  • 荷重ができない(支えられない)
  • しびれがある(力が抜ける、感覚がズレる)
  • 特定動作で痛みが走る(着替え、持ち上げ、寝返り)

これが、私の武器になる。
「気のせい」じゃない。
「大げさ」じゃない。
生活の機能が落ちているという事実だ。

この回の結論:救急車なしが奇跡だった

追突って、外から見たら小さく見える時がある。
でも体の中では、ズレる。壊れる。遅れて来る。
私が言いたいのはこれだけだ。

止まってただけで、ここまで奪われる。
それが、もらい事故だ。

次回は、警察で投げられた一言。
「人身にします?物損にします?」——その言葉の重さを書いていく。


編集後記

事故の怖さは、現場じゃない。現場のあとに来る。
「動けるから大丈夫」じゃない。
動けても、生活の機能が落ちたら終わる。
私は、その現実を薄めさせないために書く。