
Uber Eatsから、また妙なお知らせが来た。
「運転時間の取り扱い見直しのお知らせ」。
一見すると、安全対策である。
配達パートナーの安全性向上。道路を利用するすべての人の安全。十分な休息を取りましょう。
はいはい。
それは大事だ。
疲労運転は危ない。12時間も原付や車で走り続けるのは、普通に危ない。そこに異論はない。
だが、通知をよく読むと、現場の配達員としてはこう思う。
これ、配達員に何の得があるの?
いや、安全対策なのは分かる。
分かるのだが、どうも腑に落ちない。
補償が広がる話ではない。
報酬が上がる話でもない。
ガソリン代が出る話でもない。
休憩時間に何か手当が出る話でもない。
ただ、Uberが数える「運転時間」の範囲が広がる。
つまり、こういうことだ。
補償は増えない。管理だけ増える。
Uber Eatsから来た通知の中身
通知の内容をざっくり整理すると、こうなる。
- Uberアプリを利用した連続の運転時間は12時間以内
- 2026年5月11日週より、運転時間の取り扱いを見直す
- オンライン中に車両を走行させている時間も運転時間として加算
- 待機中の移動も含む
- オフライン中の時間は対象外
- オンライン中でも車両を停止している時間は対象外
- 合計の運転時間が12時間に達した場合、休憩を促す案内が表示される
- 運転時間をリセットするには、連続して6時間以上アプリをオフラインにする必要がある
- 日中の短い休憩だけではリセットされない
ここで重要なのは、配達中だけではないという点だ。
注文を受けている。
店へ向かっている。
商品を受け取った。
お客さんの家へ向かっている。
こういう配達中の走行だけなら、まだ分かる。
しかし今回の見直しでは、オンライン中に車両が動いていれば、待機中の移動も運転時間に入る。
鳴り待ちで少し場所を変える。
帰宅方面へ向かいながら、ついでにUberをオンにしておく。
青葉台からあざみ野方面へ移動する。
出前館もUberもオンにして、鳴った方を取る。
こういう動きまで、Uberの12時間枠に入ってくる。
ここで、現場は首をかしげる。
それ、ただの無駄走りじゃないぞ。
帰宅便は無駄走りではない
プラットフォーム側から見ると、オンライン中に動いている配達員は、ただ「走行中の配達員」なのだろう。
だが、現場はそんなに単純ではない。
郊外の配達員は、意味もなくグルグル回っているわけではない。
帰る方向がある。
次に鳴りそうな面がある。
出前館が強い時間がある。
Uberのピーククエがある。
坂がある。
信号がある。
ガソリンがある。
夜の冷えもある。
50cc原付なら、エリア移動そのものが小さな経営判断だ。
帰宅方面に走っている途中でUberが鳴るなら、それはただの帰宅ではない。
帰宅便である。
鳴らない場所から、鳴る場所へ移動するなら、それはただの徘徊ではない。
面移動である。
Uberが鳴らないから出前館もオンにするなら、それは裏切りではない。
個人事業主の自己防衛である。
ところが、今回のルールでは、それらをまとめて「オンライン中の走行」として数える。
雑だ。
非常に雑だ。
もちろん、システム側が一人一人の事情を読めないのは分かる。
だが、現場から見れば、生活防衛のための移動まで「運転時間」としてコスト化される感覚がある。
これが気持ち悪い。
補償は狭く、管理は広く
ここで一番引っかかるのが、補償とのズレだ。
Uberの日本向け保険説明を見ると、対人・対物賠償責任の補償は、配達リクエストを受けた時点から配達完了またはキャンセルまでの「配達中」に生じた事故が対象とされている。
また、配達パートナー自身の傷害補償は、配達中に加えて、配達完了後15分以内に生じた事故が対象と説明されている。
つまり、補償の中心はあくまで配達中だ。
ところが、運転時間の管理ではどうか。
オンライン中に車両が動いていれば、配達リクエストを受けていない移動もカウントする。
ここに、強烈なねじれがある。
事故の時は「配達中ですか?」と聞く。
運転時間の時は「オンライン中に走っていましたよね?」と数える。
都合がいい。
実に都合がいい。
責任の範囲は狭く。
管理の範囲は広く。
この構造が、今回の通知からにじんでいる。
安全対策は結構だ。
だが、責任を負わない管理だけが広がるなら、それは現場から疑われても仕方がない。
これは日本だけの謎ルールではない
最初は、日本のUber Eatsが急に思いついたルールなのかと思った。
しかし調べると、どうもそうではない。
南アフリカのUber Eats公式にも、12時間の運転時間制限と、6時間連続オフラインでリセットされる仕組みが説明されている。
香港のUber公式にも、12時間に達したら6時間オフライン、6時間の休息後にリセット、という同型のルールがある。
つまり、今回の日本の見直しは、日本だけの突然変異というより、Uberが海外で使っているグローバルな安全管理テンプレートに近い。
Uberは世界中で、オンライン中の走行を管理対象にしている。
眠気。
疲労。
事故リスク。
そこを管理するという建前は分かる。
だが、問題はそこではない。
管理のテンプレートだけが輸入されて、権利や補償は置き去りになっていないか。
英国では「アプリオン」が労働時間として争われた
ここでイギリスの話が出てくる。
英国最高裁の「Uber BV v Aslam」では、Uberドライバーが「workers」に当たるのか、そしてどの時間が「working time」に当たるのかが争われた。
最高裁の事件概要では、下級審が、ドライバーについて、アプリをオンにしており、認可されたエリア内にいて、仕事を受けられる状態であれば「working」と判断したことが示されている。
ここが非常に重要だ。
イギリスでは、アプリをオンにして仕事を受けられる状態そのものが、労働時間に近いものとして問題になった。
つまり、海外ではこういう問いが立っている。
アプリをオンにして、いつでも仕事を受けられる状態は、本当に自由時間なのか?
一方、日本ではどうか。
Uberは配達員を従業員とは呼ばない。
配達員は個人事業主扱いだ。
だが、オンライン中に走っている時間は管理する。
ここに、この記事の毒がある。
英国では「労働」として争われた時間が、日本では「無料の管理対象」として扱われていないか。
これをただの安全対策で済ませていいのか。
私はそこに引っかかっている。
EUではアプリによる管理そのものが問題になっている
欧州では、プラットフォーム労働に関する議論が進んでいる。
EU理事会は2024年、プラットフォーム労働者の労働条件改善や、アルゴリズム管理の透明性向上を目的とする新ルールを採択した。
そこでは、自動化されたシステムを人間が監視することや、労働者が自動決定に異議を唱える権利なども打ち出されている。
つまり、ヨーロッパではすでに、こういう段階に入っている。
アプリが人をどう管理しているのか。
アルゴリズムが働き方をどう縛っているのか。
人間側に異議を唱える権利はあるのか。
ここが問題になっている。
それに対して、日本はどうか。
通知が来る。
ルールが変わる。
アプリの定義が広がる。
配達員は黙って、次の日もログインする。
もちろん、理由は分かる。
生活がある。
売上が必要だ。
アカウントを失ったら困る。
一人でUber相手に戦うなんて、普通に無理だ。
だから黙る。
だが、黙っている間に、管理の定義は少しずつ広がっていく。
カリフォルニアにも「雇用ではないが管理する」形がある
カリフォルニアのProp 22にも、似た構造がある。
Prop 22では、アプリベースドライバーを独立請負人として扱う方向を維持しながら、12時間を超えるログイン中の運転には6時間のログオフを求める仕組みが入っている。
つまり、海外にはすでにこういう妥協モデルがある。
雇用にはしない。
だが安全管理はする。
独立請負人として扱う。
だがアプリ上の制限は入れる。
これがプラットフォーム企業の落としどころなのだろう。
問題は、日本でその「管理」の部分だけが濃くなって見えることだ。
権利ではなく、管理が先に来る。
補償ではなく、カウントが先に来る。
現場から見れば、そう見える。
安全対策は否定しない。だが首輪だけ太くなるのは勘弁してくれ
もう一度書く。
安全対策は大事だ。
疲労運転は危ない。
眠い状態で原付を走らせるのは、自分にも周囲にも危険だ。
12時間以上走るような働き方が常態化しているなら、それは見直した方がいい。
そこは否定しない。
だが、今回の問題は「安全かどうか」だけではない。
Uberがどこまでを自分たちの管理対象として見るのか。
そして、その管理に見合う責任をどこまで負うのか。
ここが問題なのだ。
オンライン中の走行まで運転時間として数える。
だが、配達リクエストを受けていない移動中の補償はどうなのか。
帰宅便狙いの走行は、Uberの管理下なのか、個人の移動なのか。
出前館も同時に見ていたら、それは誰の仕事時間なのか。
このあたりを曖昧にしたまま、走行時間だけはきっちり数える。
だから気持ち悪い。
責任の所在は霧の中なのに、首輪の紐だけ太くなった。
そんな感じがする。
では配達員はどうするか
怒っていても、アプリは変わらない。
だから現場は現場で、運用を変えるしかない。
結論はシンプルだ。
アプリに忠誠なし。
Uberを使う時は、Uberを使う。
出前館を使う時は、出前館を使う。
どちらにも忠誠を誓わない。
儲かる方を使う。
条件のいい方を取る。
鳴っても取る気がないなら、Uberをオンにしておく意味はない。
大きく面を変えるだけなら、オフラインで移動すればいい。
出前館モードなら、Uberは切ればいい。
完全に休むなら、きちんとオフラインにすればいい。
逆に、帰宅方向でUberがすぐ鳴るなら、オンにする価値はある。
それは無駄走りではない。
帰宅便だ。
要は、こちらが主導権を持つことだ。
Uberオンは戦闘状態。
オフラインは自分の時間。
この切り分けを徹底する。
12時間枠は資産である
今回の見直しで、はっきりしたことがある。
Uberオンライン中の走行時間は、これから12時間枠を削る。
つまり、12時間枠は資産だ。
無料で垂れ流すものではない。
なんとなくオンにしておく。
鳴っても取らないのにオンにしておく。
出前館をやっているのにUberも裏でオンにしておく。
帰るだけなのに、惰性でオンにしておく。
そういう時間は、これから運転時間として削られていく。
だから、こちらも考える。
この時間はUberに使う時間なのか。
出前館に使う時間なのか。
帰る時間なのか。
休む時間なのか。
走行データをUberに差し出す必要がある時間なのか。
そこを決める。
個人事業主なのだから、それくらい自分で決めていい。
日本人は何も言わない。だから管理だけが先に来る
イギリスでは、Uberドライバーの労働者性が最高裁まで争われた。
EUでは、プラットフォームが人をどう管理するかが制度のテーマになっている。
カリフォルニアでは、独立請負人扱いを維持しながらも、ログイン中の運転時間制限が制度に入っている。
海外では、ギグワークをめぐって何かしら揉めている。
声が上がる。
裁判になる。
制度になる。
日本ではどうか。
通知が来る。
仕様が変わる。
配達員は黙って走る。
いや、分かる。
みんな生活がある。
一人で巨大プラットフォームに喧嘩を売る余裕などない。
こちらは原付一台。
向こうは世界企業。
装備差がひどい。
だが、何も言わなければ、まず管理だけが来る。
権利ではない。
補償ではない。
管理だけが、静かに来る。
英国では「労働」として争われた時間が、日本では「無料の管理対象」になっていないか。
今回のUber Eats運転時間ルール変更で、私が一番引っかかったのはそこだ。
アプリに使われるな。アプリを使え
だから、最後はここに戻る。
アプリに忠誠なし。
Uberに使われるのではない。
Uberを使う。
出前館に使われるのではない。
出前館を使う。
オンラインは戦闘状態。
オフラインは自分の時間。
帰宅便は無駄走りではない。
面移動はサボりではない。
マルチアプリは裏切りではない。
個人事業主の自己防衛だ。
安全対策は否定しない。
だが、管理だけが広がるなら、こちらも走行時間を守る。
12時間枠を無料で献上しない。
鳴っても取る気がない時は切る。
出前館が鳴るなら出前館を取る。
帰るなら帰る。
休むなら休む。
こちらはアルゴリズムの歯車ではない。
アプリを使い倒す側の小さな経営者である。
Uber Eatsの運転時間ルール変更。
これが配達員に何の得があるのか。
その答えは、今のところ見えない。
ただひとつ分かったことがある。
これからは、オンラインにする時間にも値札をつける時代だ。
参考・参照
- Uber パートナードライバー保険|補償範囲
- Uber Eats South Africa|Driving time limit
- Uber Hong Kong|Driving Time Limit
- UK Supreme Court|Uber BV and others v Aslam and others
- Council of the EU|Platform workers: new rules
- California Proposition 22|Text of Proposed Laws
なお、この件についてルール内容・海外事例・実務上のオン/オフ判断を整理した本店版の記事はこちらにまとめた。