ほんとにあった怖い話 もらい事故
ほんとにあった怖い話 もらい事故#01|もらい事故は“損しかしない”|青葉郵便局下で止まってたのに追突された日

先に言う。これは中傷じゃない。実録だ。
2025年12月17日、横浜市青葉区・青葉郵便局下の交差点。私たちは止まっていた。
そこへ後ろから、ドン!——。
それだけで、生活が崩れた。
その瞬間:止まってたのに、ドン
私たちは、止まっていた。
走ってもいない。煽ってもいない。無理なすり抜けもしていない。
ただ、交差点で停止していた。
それなのに、後ろから追突された。
この手の事故の一番の理不尽はここだ。
こちらが何をしていても、関係なく起きる。
どれだけ安全運転しても、後ろの車が「よそ見」したら終わる。
しかも、事故の瞬間ってやつは静かだ。
ド派手に吹っ飛ぶんじゃない。
「ドン」で、すべてが変わる。
変わるのは“車体”だけじゃない。生活が変わる。
もらい事故の本質:失うのは、いつも被害者側
もらい事故は、損しかしない。これは綺麗事じゃない。構造の話だ。
- 身体:痛み、しびれ、動かない、眠れない
- 時間:通院、手続き、電話、説明、待たされる
- 仕事:稼働不能、収入が止まる、予定が崩れる
- 精神:怒り、不安、屈辱、「疑われる空気」
事故そのものより、事故のあとに始まる“手続き地獄”が人を削る。
私たちは、痛い身体で、生活が止まった状態で、説明を求められる。
そして相手側は、平然と日常に戻っていく。
この温度差が、いちばん刺さる。
原付は“全損”扱い、身体は“未回復”のまま
まず車両。原付は物損として全損(提示96,000円)。
数字だけ見れば「はい、おしまい」にされる金額だ。
でも、こっちはそれで終わらない。
身体は、終わらない。
事故後の症状は、左首を起点に、肩甲骨・肩・左前腕へ広がった。
しびれがある。荷重ができない。腕が上がらない。耳に届かない。
仕事の動作が成立しない。
ここを軽く扱われるのが、いちばん許せない。
「痛みがあるなら休め」なんて簡単に言うな。
休んだ分、金が減る。生活が詰む。
だから、休業補償は“救済”じゃない。
事故で奪われた稼ぐ力の穴を埋める最低限だ。
保険屋のドラマは、ここから始まる
事故は1回。
でも、保険対応は“何十回”も続く。
今回、私たちが直面しているのは、典型的なやつだ。
- 内払いを明言しない(金は動くのに、言葉が残らない)
- 診断士派遣・医師照会を匂わせる(圧をかけるテンプレ)
- 「休業補償中に稼働してなかったんですか?」の揺さぶり(疑いの空気を作る)
これが本当にやっかいなのは、露骨に殴ってこないところだ。
露骨じゃないぶん、こちらだけがモヤモヤして削られる。
“言わない”という武器で、被害者を追い詰める。
だから私たちは、ここからはっきりさせる。
曖昧な会話で終わらせない。
全部、記録して、文章にして、残す。
この連載でやること:黙らない、逃がさない
この連載は、感情の吐き出しで終わらせない。
もちろん怒りは書く。魂も書く。
でも、それを武器に変える。
- 時系列を固定する(「いつ何が起きたか」を崩させない)
- 言い回しを記録する(“匂わせ”“揺さぶり”を可視化する)
- 生活被害を言語化する(痛み=働けない、ではなく動作で語る)
- 被害者が損しない型を提示する(読者が真似できる形にする)
もらい事故は、被害者が黙ると“なかったこと”にされる。
私たちは黙らない。
そして、このブログは同じ目に遭った人の「代行の声」になる。
次回は、事故当日の配達ルート。
「1件目マクドナルドピック → 2件目CoCo壱番屋青葉台店へ向かう途中」で、全部が崩れた話を書く。
続ける。 ここで終わらせない。
編集後記
事故の被害者は、痛みだけじゃなく「疑われる空気」でも削られる。
だから私たちは、言葉を残す。記録を残す。
感情を燃やす。だけど燃え方を間違えない。
こちらが損しない形で、相手に効く形で、残す。