
十日市場と長津田を書いたら、次に見えてくるのは三保・中山・寺山あたりだ。
出前館で十日市場に呼ばれる。
日高屋が浮かぶ。
Uberをつける。
長津田アピタのフードコート連合軍に吸われる。
そこまでは、店名と商業施設で街を覚える感覚だった。
でも、そこからさらに緑区側へ流れると、少し景色が変わる。
三保。
中山。
寺山。
このあたりに入ると、ピック先の名前だけではなく、坂、森、駅前、公園、戻り道の重さが前に出てくる。
50ccの原付で走っていると、この違いはけっこう体に残る。
地図では近い。
でも、走ると軽くない。
今回は、十日市場・長津田の外側に見えてくる「緑区側」の入口を書いておきたい。
十日市場の外側へ。空気が少し変わる
十日市場までは、まだ僕の中で「呼ばれる街」という感じがある。
出前館で鳴る。
日高屋かもしれない。
マクドナルド、ローソン、目利きの銀次、晴天家、ダイエー、タイ料理タラートあたりかもしれない。
十日市場をぐるぐる回っていると、そうてつローゼンの近くで見かける包丁研ぎ600円の看板や、消防署前あたりの焼肉の匂いまで、街の記憶に入ってくる。
長津田は長津田で、アピタがある。
サブウェイ、バーガーキング、ケンタッキー、2階のフードコート。
配達員の頭の中では、あそこはもう「フードコート連合軍」だ。
でも、三保・中山・寺山方面は少し違う。
店に呼ばれる感覚よりも、エリアに入っていく感覚が強い。
坂が見える。
森の気配がある。
駅前の人の流れがある。
そして何より、戻り道を考える。
十日市場・長津田が「ピック先で覚える街」なら、三保・中山・寺山は「地形で覚える街」に近い。
中山駅前は、配達員にとって“人の流れ”を読む場所
中山に入ると、駅前の空気がある。
住宅街だけではない。
駅があり、人が動き、バスや車の流れもある。
配達員にとって駅前は、便利でもあり、少し神経を使う場所でもある。
店はある。
人もいる。
鳴る可能性もある。
でも、停める場所、歩行者、信号、バス、車の流れを見なければいけない。
住宅街の奥へ届ける時とは、頭の使い方が違う。
中山駅前に近づくと、僕の中では少し「街モード」に切り替わる。
スマホの地図だけを見ていればいいわけではない。
人の流れを読む。
どこで止まるかを考える。
次にどちらへ抜けるかを考える。
50cc原付は、車のように強く押し切れる乗り物ではない。
だからこそ、駅前では無理に動くより、流れに合わせる感覚が大事になる。
中山は、配達員にそれを思い出させる街だ。
寺山・四季の森公園は、地図上の近さを信用させない
寺山と聞くと、僕の中では四季の森公園の存在が大きい。
配達中に公園でのんびりするわけではない。
遊びに行くわけでもない。
でも、あの大きな緑の存在は、周辺を走っているだけでも感じる。
市街地の近くなのに、急に里山の気配が出てくる。
住宅街の裏側に、緑の大きな塊がある。
この感じは、配達員の地図にも影響する。
地図上では近く見える。
でも、実際に走ると、思ったように真っすぐ抜けられないことがある。
公園や地形が、最短距離を素直に許してくれない。
車ならあまり気にしないかもしれない。
でも50ccで走っていると、迂回や坂や道の細さが体に残る。
寺山は、ただの住宅地ではない。
四季の森公園の気配を背負った街だ。
だから配達員にとっては、距離だけでは判断しにくい。
行けるかどうかではなく、どう回るかを考えさせられる。
三保は、森と坂がじわっと効いてくる
三保に入ると、森と坂の気配がさらに強くなる。
三保市民の森や新治市民の森の存在もあって、三保という地名には“奥へ入っていく感じ”がある。
このあたりは、原付で走ると地形が分かりやすい。
上る。
曲がる。
住宅街に入る。
また坂が出てくる。
道の先に森の気配がある。
そういう小さな積み重ねが、三保の印象を作っている。
特に坂の存在は大きい。
三保には念珠坂という坂もある。
横浜市の緑区遺産にも登録されている坂で、かつては「難渋坂」とも呼ばれていたという。
名前からしてもう、配達員の足腰に優しくない。
難渋坂。
かなり正直な名前だ。
もちろん、配達中に毎回その坂を通るわけではない。
でも、三保というエリアに坂と古い道の記憶があることは、走っている感覚とも重なる。
50ccのエンジン音が少し変わる。
スピードが伸びない。
「ああ、また上っているな」と思う。
三保は、そういう街だ。
速さではなく、じわじわ効いてくる。
緑があることは、走っている感覚とも重なる。
50ccのエンジン音が少し変わる。
ス区側へ入ると、戻り道の重さが増す
三保・中山・寺山方面へ流れる時に一番考えるのは、やはり戻り道だ。
行くだけなら行ける。
十日市場からでも、長津田からでも、流れで入ることはある。
でも配達員にとって大事なのは、そのあとだ。
青葉台へ戻すのか。
十日市場へ戻るのか。
中山に残るのか。
寺山方面で次を拾うのか。
三保の奥に入って、そのままさらに別方向へ流されるのか。
これを考えずに受けると、あとで地味にしんどい。
売上だけ見れば悪くない。
でも、戻りに時間がかかる。
次が鳴らない。
気づいたら走っている時間だけが伸びている。
こういう日は、体の疲れ方が違う。
50cc配達員にとって、緑区側は「行けるかどうか」より「戻せるかどうか」が問題になる。
この感覚は、たぶん配達をしていないと分かりにくい。
目的地に着いたら終わりではない。
完了ボタンを押したあと、次にどこへ向かうかまでが配達なのだ。
配達員は、街を“目的地”ではなく“流れ”で見る
普通に暮らしていれば、三保は三保、中山は中山、寺山は寺山だ。
それぞれ別の街として見る。
でも配達員は、そこを流れで見る。
十日市場から入る。
長津田から流れる。
中山駅前で人の流れを見る。
寺山で公園と住宅街の気配を見る。
三保で坂と森に入り込む。
そして、どこへ戻すかを考える。
これはかなり偏った街の見方だ。
でも、配達員のローカル地政学は、その偏りでできている。
地図アプリの上では、街は平面に見える。
でも原付で走ると、街は平面ではない。
坂がある。
森がある。
駅前の混み方がある。
抜けにくい道がある。
戻りやすい道がある。
そして、次に鳴るかどうかがある。
だから配達員は、街を目的地ではなく流れで覚える。
三保・中山・寺山は、それぞれ単独で掘るべき街だ
今回は入口編として、三保・中山・寺山をまとめて書いている。
でも、本当はそれぞれ一本ずつ書ける。
中山は駅前と人の流れで一本いける。
寺山は四季の森公園と住宅街の関係で一本いける。
三保は森と坂、そして奥へ入っていく感覚で一本いける。
十日市場や長津田を丁寧に見ると、その先の街も雑に扱えなくなる。
地名だけ並べて終わりではもったいない。
配達員として走っていると、街の違いはちゃんと体に残る。
このシリーズでは、そういう体に残った違いを拾っていきたい。
十日市場で日高屋を思い出す。
長津田でアピタのフードコート連合軍を思い出す。
中山で駅前の流れを読む。
寺山で四季の森公園の気配を見る。
三保で坂と森に入っていく。
そして、帰り道を考える。
これが、50cc配達員から見た横浜北部の地図だ。
観光案内ではない。
でも、走っている人間にとってはかなり正直な地図である。
三保・中山・寺山。
ここから先は、もう少し丁寧に分けて書いていく必要がありそうだ。
緑区側のローカル地政学は、まだ入口に立ったばかりである。
編集後記
十日市場・長津田を書いた流れで、三保・中山・寺山をまとめて入口編にしました。
このあたりは、店名だけで街を覚えるというより、坂や森や駅前の人の流れで記憶に残るエリアだと思っています。
特に50ccで走っていると、地形の影響をかなり受けます。
車なら気にならない坂も、原付だとちゃんと重い。
地図では近く見えても、戻り道を考えると簡単には受けられない案件もあります。
配達員は、街を目的地ではなく流れで見ている。
この感覚を、今後も少しずつ書いていきます。