
路上には、法で裁けない魔物が住んでいる。
最近、僕が配達中にいちばんハンドルを持っていかれそうになるのは、急な割り込みでも、無茶な右左折でもない。
どこからともなく響いてくる、一般車両からの爆音説教である。
たまにいるのだ。
交通違反している車や自転車に向かって、車から拡声器で注意している人が。
いや、気持ちは分かる。
危ない運転を見ると、「おいおい、それはダメだろ」と言いたくなるのは分かる。
信号無視、一時不停止、逆走、スマホ見ながらフラフラ。こっちも配達していれば、それなりに路上の魔物図鑑は埋まっている。
でも、そこで拡声器を装備して出撃されると、もう話が変わってくる。
違反者より先に、おまえの登場が怖い
こっちは配達中なんですよ。
ただでさえ見るものが多い。
信号、歩行者、自転車、右左折車、風、段差、地図、次の角、マンションの入口、店がすぐ出るかどうかという寿司運搬界のガチャ要素。
そんな中で急に、
「危ないぞーーーー!!」
と来る。
びっくりするわ。
しかも困るのは、あれが違反者本人にだけ届くシステムではないことだ。
周囲100メートルくらいの平穏がまとめて吹き飛ぶ。
歩行者も聞く。自転車も聞く。信号待ちの車も聞く。
そして、ただ静かに寿司や弁当や生活を運んでいる配達員も聞く。
この前なんか、風が強い日にそれが飛んできた。
ただでさえ横風で神経を使う日に、急に空から説教が降ってくる。
もう路上4DXである。
音圧、緊張、恐怖。頼んでないのに全部乗せだ。
それは注意というより、路上ワンマンライブである
違反者を注意したい気持ちは分かる。
そこは分かるんですよ。
でも、その「正義」で関係ない第三者までビクッとさせていたら、本末転倒ではないかと思う。
なんというか、あれは注意というより、路上ワンマンライブなんだよな。
普通の注意って、もっと地味だ。
危ないと伝える。距離を取る。避ける。必要なら通報する。
でも拡声器を持ち出した瞬間に、一気に演出が始まる。
車体よし。
音量よし。
語気よし。
ヒーロー感たっぷり。
彼らの脳内では、たぶんBGMに『西部警察』か何かが流れている。
でも、こっちからすると私設交通課の路上ライブなのである。
正義の追加工事で、道路は静かにならない
しかもややこしいのが、本人の中ではたいてい100%正義なことだ。
「危険な違反を注意しているだけです」
「社会のために言っています」
という顔をしている。
いや、分かる。
でもその正義、ちょっとインフレしてませんか、と思う。
交通違反という問題があるところへ、わざわざ「騒音」という名の大型重機を投入してくる感じ。
渋滞してる道路に、さらに工事車両をぶち込んで「これで安全です」と言ってるようなものである。
もっと言えば、あれは耳への煽り運転だと思う。
本人は違反者を止めているつもりかもしれないが、周囲からすると「うわっ、何だ今の」となる。
危険を減らしているのか、新しいヒヤッを追加しているのか、正直かなり怪しい。
撮れ高の匂いを吸い始める正義
最近はYouTubeとかTikTokとかの空気もあるので、つい思ってしまう。
それ、本当に安全のためか。
それとも、ちょっと撮れ高の匂いを吸ってないか、と。
全部が全部そうだとは言わない。
本気で危険を減らしたくて言っている人もいるだろう。
でも、拡声器を持った瞬間に、正義は少しだけ配信向きの顔をし始める。
その頃には「危ないから止めたい」よりも、「俺は言った」「俺は正した」「俺は見逃さなかった」が混ざり始める。
路上でいちばん怖いのは、案外そういう自分が完全に正しいと信じ切った人のアクセルなのかもしれない。
路上は論破会場ではなく、生還会場である
配達をしていると分かる。
路上は論破会場ではない。
勝敗を決める場所でもない。
全員がなるべく無事に帰るための場所だ。
だから、違反者を見て腹が立つのは分かる。
本当に危ない動きを見れば、「おまえ何してんだ」と思うのも自然だ。
でも、その怒りを拡声器に変換して周囲に撒くのは、やっぱりちょっと違う。
結局のところ、いちばん安全なのは、正義を叫ぶ前に、ちゃんと両手でハンドルを握ることではないかと思う。
あなたの拡声器が響く街より、静かにルールが守られる街のほうが、僕の運ぶ荷物は崩れない。
違反者より先に、おまえの拡声器が怖い。
最近たまに見るあの光景に、僕が言いたいのはそれである。
編集後記
違反者に腹が立つ気持ちは分かる。
こっちだって、路上で危ない動きを見れば「おいおい」と思うことはある。
でも、配達をしていると強く思う。
路上でいちばん大事なのは、誰かを言い負かすことじゃなく、全員が無事に帰ることだ。
正義があることと、やり方が安全であることは別だ。
最近たまに見る“拡声器注意”には、そのズレを感じる。
こっちはただ、静かに運びたいだけなんだよな。