
Amazonの荷物って、もう空気みたいに届く。
気づいたら玄関前にある。怖い。便利すぎて逆に怖い。
しかも、だいたい早い。
そして、だいたい送料無料と書いてある。
この「送料無料」、あまりにも自然に表示されるから、もう水道とか電気みたいな存在になっている。でも、よく考えるとちょっとおかしい。
だって荷物って、勝手にワープしてこない。
誰かが運んでる。
ガソリンも使う。
時間も使う。
体力も使う。
それなのに「無料」という言葉だけが、やたら涼しい顔をして画面に出てくる。
僕はあれを見るたびに思う。
これは魔法じゃない。たぶん呪いだ。
「ラストワンマイル」って言うと聞こえはいいけど、実態は最後の受け皿では
物流業界って、横文字を使うと急に全部オシャレになる。
ラストワンマイル。
いや、言葉だけはカッコいい。なんか都会。なんか先進的。なんかビジネス誌の特集っぽい。
でも実態を雑に言うと、上流で押しきれなかったものを最後に全部受け取る場所なんじゃないかと思う。
時間の無理。
単価の無理。
送料無料の無理。
再配達の無理。
全部、最後の一歩に寄ってくる。
つまり「最後の一歩」というより、最後の受け皿だ。
いや、もっと言うと、わりと「絶望の吹き溜まり」に近い時がある。
幹線で押された圧が、最後に軽バンへ落ちる。
豪華客船みたいな巨大な物流構造の上で、「迅速配送!送料無料!顧客満足!」とメガホンで叫ばれて、その下で浸水しかけた手漕ぎボートみたいな軽貨物が、必死にオールを漕いでる感じ。
いや、図がひどい。でもたぶんそんなに外してない。
軽貨物は「自由な個人事業主」ではなく、値上げボタンのない商売だ
軽貨物って、外から見ると少し自由業っぽく見える。
一人で動ける。小回りが利く。自分の裁量で働ける。
たしかに、そういう面はある。
でも、その言葉だけで見ると危ない。
実際には、リスクだけフルパッケージされた、看板のない下請けみたいな顔もしている。
ガソリン代が上がった。
じゃあ今日から1件あたり30円上げます、とはいかない。
タイヤが高くなった。
オイル代も上がった。
メシ代だって上がってる。
でも、自分のスマホ画面に「価格改定」ボタンはない。
これが怖い。
コストは上がるのに、自分で1円も上げにくい。
それって個人事業主として、かなりホラーだと思う。
自由業に見えて、実際は「自動契約された我慢」の上で回っている。
この感じ、かなり重い。
送料無料という名の“偽りのゼロ円”
ここで、みんな大好き送料無料の話をしたい。
いや、僕だって好きだ。無料って書いてあったら心が動く。分かる。分かるけど、それでも言いたい。
送料無料って、本当にゼロ円か?
たぶん違う。
あれはゼロ円じゃない。
ただ、請求書が別の場所に飛んでいるだけだ。
送料のコストはどこかで発生している。
その一部は商品価格かもしれない。
上流の物流企業かもしれない。
でも、最後の最後で帳尻を合わせる時、軽貨物みたいな末端の現場へ圧が集まりやすい。
送料無料のボタンを押す指は軽い。
でも、10kgの米を抱えて階段を上がる膝は重い。
この落差がすごい。
言い方をさらに悪くするなら、送料無料は魔法じゃない。
誰かの利益、時間、体力、寿命を削って錬成した“偽りのゼロ円”だ。
いや言いすぎか?と思ったけど、燃料高の時代にこれを考えると、そんなに言いすぎでもない気がしてくる。
上流で吸収できなかったコストの弾丸を、軽バンが胸で受け止める構図
第3話で書いた通り、幹線が苦しければ、その圧は下へ流れる。
大型トラックがしんどい。
上流で転嫁しきれない。
でも消費者は便利さを求める。
じゃあ誰が最後に受けるのか。
だいたい、軽貨物だ。
しかも軽貨物は、走らないと売上にならない。
単価が低くても、件数を回して何とかする世界がある。
でも燃料高の時代、それって「回せば回すほど削られる」瞬間が出てくる。
ガソリン高いです。
再配達あります。
距離ブレます。
荷物は重いです。
時間指定あります。
でも単価は、そんな簡単には上がりません。
いや、どこの罰ゲームだ。
これはもう、燃料高の弾丸を時給千円前後の個人事業主が胸で受け止めている構図に近い。
しかも、その人たちがいないと荷物は届かない。
便利さの最後尾って、だいたい一番しんどい。
軽貨物の悲鳴は、デリバリーや配達員の未来でもある
ここで大事なのは、軽貨物の話を「宅配の人たち大変ですね」で終わらせないことだと思う。
この構造、かなり広くつながっている。
上流から落ちてきたコスト圧を末端が受ける。
単価は自分で決めにくい。
走らないと売上にならない。
便利さは求められる。
でも値上げには空気が重い。
これ、どこかで見たことないか。
そう。
スマホの中の、あの緑や赤の箱だ。
軽貨物の苦しさは、そのままデリバリーの苦しさにつながる。
だからこの回は、宅配だけの話じゃない。
むしろ「末端の移動労働が、どうやって静かに削られていくか」の前編だと思っている。
まとめ
Amazonの荷物が普通に届く世界は、便利だ。
でも、その「普通」はかなり不自然な構造の上に乗っているかもしれない。
ラストワンマイルは、最後の一歩なんてキレイなものじゃない。
上流で押しきれなかったコストや無茶を最後に引き受ける、受け皿になりやすい。
軽貨物は自由な個人事業主に見えて、実際には値上げボタンのない商売だ。
燃料高の時代、それはかなりきつい。
そして送料無料は、ゼロ円の魔法ではない。
どこかで誰かの利益や体力を削って成立している可能性がある。
ここを見ないまま便利さだけを吸い続けると、最後は玄関先の仕組みそのものが壊れる。
軽貨物の悲鳴は、まだ序の口だ。
次回は、このコスト押し付けドミノが最後にぶち当たる壁――街中を走る「緑や赤の箱」を背負った配達員の話に進みたい。
もうガソリンは、一滴も笑えない。
編集後記
軽貨物って、外から見ると身軽に見える。
でも実際は、かなり重いものを背負ってる仕事だと思う。
しかもその重さって、荷物の重さだけじゃない。
上流から降りてきたコスト、送料無料文化、時間感覚の麻痺、再配達の無言の圧。そういうものまで背負わされやすい。
僕は「送料無料」という言葉を見るたびに、ちょっとだけ怖い。
便利さの値札が消えている時って、だいたい誰かの負担が見えなくなっている時でもあるからだ。
次はいよいよ、もっと近い話になる。
配達アプリの世界、軽自動車デリバリー、燃料高で削られる末端の現場。
支店らしく笑いながら、でもちゃんと嫌なリアルを書いていきたい。
次回予告:
軽自動車デリバリーは本当に危ない──何をしているか分からなくなる収支の境界線